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津留晃一講演会 「空間認識」
平成11年5月15日 
大阪・吹田市民会館

こんにちは。
お暑いところお集まり下さり、
ありがとうございます。

久しぶりの(大阪での)講演会です。
話したいことは
いっぱいあるんですけども・・・、

先ほど来たときに、主催者のSさんから、
「2000年問題、
津留さんどう考えてますか?」って聞かれて、
(そのとき)Sさんの表情を見てたんです。

結構真剣なんですね。で、見てたら、
本人が言ったんですが、
「ヤバイなあ・・・。」って。
「準備しようかなって思うと、
どんどん、どんどん、
その世界が広がっていった」
って話をしたんですけども。

その仕組みについて、
ちょっと話しをしたいんです。

私たちは普段空間
というものを認識してますね。
認識してるでしょ。
「空間が有る」と思ってる訳です。

で、ちょっとだけ意識を向けて欲しいんです。
「有る」と思ってますよね。

実はその想念を体験してる訳なんです。
この話をずっと最後までしても
分かるかどうかってことがありますが・・・。

「有る」と思ってますね。
その「思い」を私たちは体験してるんです。

ところが、自我の頭はそれを逆にとる訳ですね。
「『空間が有る』から『有る』と思ってるんだ」
って。そうでしよ?

全部そうなんです。
「有る」から「有る」と思ってるんだって。

じゃあ、「有る」
という証拠はどこにあるんだ。
空間が有るという証拠、
どなたかあります? 証拠お持ちの方?

ひとつには触れるということを空間がある
という証拠になさる方がいると思います。

物理学をちょっと知ってる人、
原子のことを知ってる人は、
簡単に分かると思うんですけども。

原子核の周りを電子が回っています。
この原子核と電子の間は、
太陽と地球くらい離れてる。
もしくは、地球と月くらい離れてる。

ほとんど物と呼ばれている空間には
物質がないわけですね。

私たちはこういう原子で
肉体が構成されてるわけです。

肉体は細胞で構成され、
細胞は原子で構成され、
原子はこうやって隙間だらけ。

ということは、私たちの肉体は
隙間だらけ、ってことですね。

で、物と物が隙間と隙間だったら、
通り抜けてしまう筈ですね。

でも、通り抜けませんね。
通り抜けないから、
「物が有る」と実感してるんですけども、
「物が有る」としても、ほんとは隙間だらけ。

で、通り過ぎない仕組みは
物理的にどうなっているか。
これ、簡単な物理なんで・・・。

別の原子核があったら、
原子核の周りを回る電子、
一番近い軌道には電子は
2つまでしか存在できないという物理法則、
これどういうことかというと、
この電子が自分のテリトリーを主張するわけです。

このエリアには、これ以外入らせんぞと、
電子が力を発揮するんですね。

ちょうど、磁石を2つ、
N極とN極、S極とS極、
どちらでもいいんですが、
並べて近づけると反発してきますよね。
この作用なんです。

これは、素粒子の中の
フェルミオン効果なんですけども。
反発力を持ってるわけです。
電子と電子が。その力で押し返すわけですね。
だから、こう机の中に
手が入っていかないわけですね。


いま、空間の話から
ちょっとずれてるようなので、
じゃあ、どうして空間があると思っているか、
という構造についてお話しますけども・・・。

これも簡単な物理学で
皆さん知ってると思うので、
確認の意味でお話ししますが・・・。 

物を見るとき、目の網膜で見てますね。
ここに網膜があると、
ここに眼球というレンズがある。

光が入ってきて、物を見たときに、
ここにその像を結ぶ。
こういうことは習ったことがあると思います。

ところが、これは説明なんですね。
この構造をよく見て欲しいんですが、
網膜でどうやって物を認識するか。
この網膜をこの壁面に展開して見ますと、
視神経細胞ってのがあります。

視神経細胞っていうのが
網膜にびっしり並んでるわけです。

この視神経細胞は、
3つの細かな細胞でそれぞれ構成されてて、
ある周波数、赤なら赤の周波数の
エネルギーがこの点を刺激したとき、

ここから一つの線がやってきて、
エネルギーが当たったときに、
赤なら赤の神経細胞が興奮するわけです。
「ON」の状態になるわけです。

で、このONになった状態が、
神経繊維でつながっていて、
私たちの大脳の中で刺激が起こるわけですね。

で、緑の細胞を刺激したとき、
ONになったときに、緑と認識して、
赤と緑が1/2ずつ興奮したら、
その中間色、黄色として認識するわけですね。

これだけ考えても、いいですか?
脳の中には黄色(そのものを)を
感知する回路はない訳ですね。

赤の細胞と緑の細胞があって、
それらが1/2ずつ興奮したときに、
「黄色だ」と認識しているわけです。

実際に黄色の光が飛んできて、
ここを刺激するわけじゃないわけです。
架空のものを頭ででっち上げてるわけです。

これだけでも分かるでしょ。

テレビもそうなってます。
ブラウン管って3つの点があるだけです。
それで全部の色が表せるわけですね。

要は脳の中で錯覚が起きてるんですね。
その物があるわけじゃないんです。

ある振動数、エネルギーが
目に入って来てることは確かなんです。
目に入って刺激してることは確かなんです。

そして、大切なことは・・・
これが脳の中で映像を結んでます。
これも本当です。事実です。

じゃあ、脳の中の映像、
その通りの物が目の前に有るかというと、
有るという保証は
人間である限り取れないわけです。

皆さん見てるものは、
自分の脳の中、脳の中身ですよ。

よく考えて下さいね。

この網膜の刺激を
脳の中で映像化してるんですね。

見えてるものは
自分の頭の中にあるわけですよ。
外にあるんじゃないんです。
頭の中にあるんです。

見えてる映像は自分の内部なんです。
内部にあるものを認識してる訳なんですよ。

だから、「人の数だけ現実がある」
っていう話をするわけです。

それより、大切なことは、
じゃあ外に何があるのか。

これは、人間である以上「分からない」
というよりほか、答えがないんです。
分からないのに「有る」と思ってる。

ところが、物理学っていうのは
最近発達してるからですね、

例えば、犬が見た世界はこうじゃない
ということは物理の世界で分かってるんです。

イルカの見る世界もこうじゃないってこと、
分かっててるんです。

イルカ、トンボ、魚・・・
それぞれ人間と違う世界を見てることが
分かってるんです。

それぞれ自分が認識してるものを
自分の世界だと思うわけです。

続く… 
                                                  
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例えば、皆さんお馴染みのレントゲン。

ある星にレントゲン星人というのが居て・・・
レントゲンというのは、
放射線なんですけども・・・

その放射線で認識してる物理媒体を持ってる、
レントゲンの目を持ってる人が居たらですよ、

我々と同じような存在物を見たときに、
骨しか見えないこと分かりますね。
骨、スケルトンに見えるわけです。

で、その星に尋ねていったら、
その星の画家たちは、人間だと言って
みんな骨を描いてるわけですね。
きっとそうですよね。そう見えるんだから。

私たちがこの肉体をもって行ったら、
私たちには肉体が見えるでしょう。
でも、レントゲン星人は
骨しか見えてないわけですね。

私たちがこの絵を見たら、
「こいつら変な奴らだな」と思う筈です。
我々から見ると、こいつら
芸術感覚おかしいんじゃないかって思うんですね。

自分が肉体が見えてるから、
相手も見えてるだろうと思ってる。

そして、絵画館に行くと、
みんな人間が骨、スケルトンで描かれてる・・・。

レントゲンだけじゃなくて、
赤外線写真なんかもそうですよね。
見えないものが、真っ暗闇でも見えますよね。

ですから、ひとつハッキリしてることは、
我々の肉眼で見てる通りの世界が
ここに有るわけではない、
ということは科学でもう
証明されてるんですよ。
これは、ちょっと本読めば分かります。

でも相変わらず私たちは
見た通りのものが有ると、誤解してるんです。

ありがたいことに、
最近シミュレーションゲーム
というのが発達してきてます。

こう、ゴーグルかけて・・・
かけたことある人分かると思うんです。

かけると、映像はここ目の前に映ってるのに、
あたかも無限の空間が広がってるように見えます。必ず。
とても広い空間が広がってるように見えます。

いわゆる見えているだけなんです。
見えてるもの、それがここにあるわけじゃないんです。

宇宙人の人とかに聞くと、
大体何見ても、光に見える、って言いますね。

そういうように、
我々が見てるようには見えないわけです。

で、覚醒した人も、物がみんな光輝いて見える。
エーテル体が見えたり・・・
感情体が見えたり・・・
別のものが見えてくるわけですね。

これで、私たちが見てる世界が
(見てる通りに)外にあるわけじゃない、
ということが分かったと思うんですね。

じゃ、外にあるものは何か。

はっきりしているのは、
エネルギーがあることですね。
これだけは分かりますね。

網膜を刺激してるわけですから。
変化が起きているわけですから。
エネルギー作用として
エネルギーがあることだけは分かってる。

そうなら、エネルギーはどこにあるのか。

エネルギーというのは、
私たち言葉で言えば、遍満してるんです。

素粒子・・・光というのは、
宇宙の端から端まで、遍満しているんです。

どこにでもあるわけです。
場所がないんです。
だから、空間、奥行きなんかないんです。
エネルギーはある。
エネルギーが入って来てるんだから。

私たちは、この肉体を物質と考え、物と考えてる。

だから、相手も物として認識するんですけども、
この肉体も見えてるだけなんです。
エネルギーがあるだけなんです。だから、
この物を物として感じる力がある。

じゃあ、そのエネルギーって何なのか。

エネルギーは、「波である」
ていうのをよく聞きますね。

物理的にもそれは分かってます。
波、振動数(をもったもの)ですね。

で、「神は全てである」
なんて表現します。神は全てである。

そうなんですね。
元々この世界に実在してるのは、
あらゆるレベルの周波数なんです。

で、この物理世界には、
あらゆる波が均一に満たされてる。

均一に、全ての波が。
どこも欠けてなくて均一に波が存在してます。

そこで、私たちが想念を出します。
想念も一つの波なんですね。

で、その波というスクリーンに
私たちの想念が入り込むから
干渉を起こすわけです。
波と波がぶつかって干渉を起こすんです。

すると、そこの均一性が壊れるでしょ? 
均一じゃなくなるわけです。
その歪みがエネルギーとして
目に入ってくるわけです。

私たちの心は、ここ(胸)に
あるわけじゃないんですよね。

心、どこにあります?

―・・・・。

ここ(胸)だと思う人、居ると思うんです。
だったら、ここのどこ? 教えてください。

想念エネルギーはやっぱり、
ここ(宇宙)に充満してるんです。

想念エネルギーというのは、この場、
私たちが覗き込んでるこの場に、
私たちの心もあるんです。
エネルギーですから。

エネルギーは場所がない。
これ、ちょっと調べれば分かります。
遍満しているわけです。

だから、元々のあるがまま、
人間が作られる以前の無の世界の波に対して・・・
無の世界っていうと・・・
ちょっと話それるようですが、
ここ話とかなくちゃいけないので・・・
これが分かると、
「なんだ(そうか)」ってことになるんです。

続く~
「全て」っていうのは、「無」である。
これは、どういうことなのか。

みなさんいつも体験してるので、
簡単に説明できます。

カーラジオをかけて車を運転してる。
ご機嫌よく音楽聴きながら、どんどん山の中
(あるいは、長いトンネル)に入ってく。
どんどん、どんどん山の中に入っていく。
どうなります?

「ガ、ガ、ガ、ガ」。知ってるでしょ? 
で、そのまま進んでいったら、
「ザー」って言い始めますね。

「ザー」。これを物理学では、
ホワイトノイズっていいます。

これが「神」なんです。
「ザー」っていう(状態)。

ホワイトノイズを本で調べてみてください。
「あらゆる周波数が均一に含まれている音」
と書いてあります。ホワイトノイズのこと。

「すべての周波数が均一に含まれている音」なんです。

そして、体験していることは、いいですか。
音楽を聴いてて、トンネルに入った瞬間、
電波が届かなくなりますね。
すると、ただ「ザー」っと言い始めるわけです。

元々すべての波がここにあるんです。

電波が来たら、
その電波・・・電波は偏りのある波ですね、
(1つの放送局の発信電波)
71.8MHzって均一じゃないですね。
全部の周波数のうちの一部分、
71.8MHという偏った波です。

そうすると、71.8MHzの波の上に
乗っかている音楽や言葉、
その世界だけになってしまうでしょ。
ノイズがピタッて、止まりますよね。
これが「無」から「有」が生まれる状態なんです。

トンネルを出た瞬間、どうですか。
ホワイトノイズがパッと消えて、
パッと音楽に変わるでしょ。

だから、ホワイトノイズが
神のすべての周波数なんです。
すべてが含まれている状態を「無」というんです。

これをもうちょっと分かりやすく言うと、
プリズムがあって、光・・・どうなります? 
7色に分かれますね。

光っていうのは、無色透明ですね。
それがプリズムを通すと、
赤の波、橙の波、黄色の波、緑の波・・・
色として表れますね。

これ、逆もできるんですよ。
レーザ光線で。

赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、
レーザ光線で7色を一箇所に集めたら、
光どうなります? 消えます。

7つの色を全部足す、
「足す」っていうのは、
波を重ね合わせることなんです。

7つの波が全て存在した瞬間に、
有ったものが無くなるわけです。
これが「無」なんですよ。

そして、「有」たらしめているものは、
我々の想念。

神がホワイトノイズで、
我々の想念が71.8MHz
の音声(電波)なんです。

テレビでも、そうでしょ。
最近は、テレビ(局)、
朝から晩まで流してるから
若い人あまり知らないかも知れませんが、
昔は、NHKなんていうのは、
(夜)12時になると、
「これで放送を終わります」
って放送を打ち切る。

放送を打ち切ると、どうなるかっていうと、
「ザー」って真っ白になるんです。画面が。

これもそうですね。
光は全部集めると透明になります。

ところが色はですね。
全部集めると、何になります? 
白です。色は。白になるんです。
光と絵の具はちょっと違うんで、ここでは、
(光の例として)白の方にしておいてください。

だからテレビ見てて映像が映ってる。
電波がなくなると画面がサーッと白くなるんです。

ここ(空間)も白ですよね。
これ全部の色が入ってます。
それで全部の色が白だから、
ホワイトノイズって言うんです。

そこで、「神がすべてである」というのは、
すべてのエネルギー周波数を
均一にもっている状態。

でも、私たちの想念は均一ではない。
ある思い、「これがほしいなあ」っていう思い。
「2000年問題来たらヤバイなあ」っていう思い。
思いが神の光に照らされると、
そのエネルギーが目に入ってくるんです。

すなわち、自分が出した心配事を
自分が見るわけです。

ですから、Sさんが言ったように、
どんどん不安が広がっていくんです。

不安でその思いを出すと、
その思いが返ってくるから、
また不安になってまた不安を出す。

で、また不安な現象を引き寄せて、
また返ってくる。

この繰り返しでどんどん、
どんどん広がっていくんです。

これは私がいつも言っていた
「意識を向けたものが現象化する」ということです。

これを別の説明ですると、
意識を向けていると
その空間を作り出していくようなもんなんです。

押し広げていくんです。
何も無かった空間に意識を向けると、
そこの空間が広がっていくんです。

で、その広げた空間、私が広げた空間には、
私が思った、私が意識を向けたもの
しか入れないわけですね。

もう一度、さっきの絵ですね。

ものを見るメカニズムですけども、
科学の時間で、物に反射された光が
ここ(網膜)に入ってる、っていうのは、
物が外にあると思い込んでた先生が
そうやって説明しただけなんです。

これは一つの現象、自分の頭脳に
映像化されている現象を
説明しただけなんです。

で、実際には、こんな物があるわけではない。

ここ(空間)にはホワイトノイズ、
想念の光ですから透明ですよね。

ここ、これが神様だ、
というのはそういうことなんです。
ここにすべての周波数があるわけです。

だから、これをちょうど
想念スクリーンに例えるわけです。

神の体を「立体スクリーン」
って表現するわけです。

そこに自分の思いが出ると、
波と波が干渉を起こすんです。

干渉したものが跳ね返って来て、
目に入るわけです。それが「有」なんです。

だから、私たちは
自分が出した想念以外見ることができないんです。

ただ、自分と言っても集合意識、
みんなが思った想念も見てるんです。

だから、確かに自分が意識を向けてなくても
見えるものがあるのは、そういうことです。

集合意識、みんなの想念が
ここで光ってるわけです。
その皆んの想念がここで見えてるわけです。

ですから、2000年問題どうしよう、
頭で考えて対応したらどうなるか。

2000年問題に意識が向いてますね。
2000年問題、広がるわけです。
だから今広がってるでしょ? 
どんどん、どんどん・・・。

Sさんは、「日本にはまだ
この情報は入って来てない」っていうんですけど。

アメリカの方が先に心配が広がって、
その空間を広げているだけですね。

で、私たちは一人ひとりが、
この今話したメカニズムを
みんな頭の中で納得できるようになります。
「ここに物なんかないんだ」ってことを。

2000年問題があると思ったら、
それが顕在化してくるわけです。

「有る」と思って信じ込んでるから
その対策を練るわけです。

我々のすることは、
2000年問題起こった方が心地よければ、
それに意識を向ければいい。

自分の世界には起こる必要がないんだったら、
放っておけばいいわけです。

放っておくと、その開いた空間が閉じていくわけです。

この実感が分かると・・・・
今、パソコンでウィンドウズ、
OSのウィンドウズってのがありますね。
あの仕組みが、ピッタリなんですね。

クリックすると、パッと空間が開くでしょ? 
で要らなくなったら、ピュッと閉じますね。
私たちはいつもこの空間にそれをやってるんです。

ところが、それは窓枠が見えなくて、
自分が広げて埋め込んだ映像と、
集合意識が埋め込んだ映像とが
うまく重なってるから、
あたかもそうあるように見えるんです。

あくまでも別次元から見ると、
私が意識を向けてると、
その窓がパーンと開いてくるんです。

見れば見るほど開いてくるんです。
こっち(別のもの)見てると、サッと閉じます。

続く…
                                                  
だから何に関心を持つのか。
これだけが本当は重大事なんですね。

で、アネモネ(誌上)で
浄化のテクニックについて
お話したんですけども、
アネモネで最初に書いたことが、

「どこに意識が向いているか、
自分が何に意識を向けているか、
これに気づいてください」と。

気づけば分かります。
「自分が意識を向けてるものを見てる」
ってことがよく分かります。

取り敢えずですね。
疑ってみてください。
本当にここに空間があるのか、ないのか。

ちょっと考えてみてください。
目の網膜に到着する光が、
目の直前からやってきたのか、
10メートル先から来たものか、
100メートル先から来たものか。

これをうまく利用したのが、
3次元シュミレータで、
ゴーグルの中に映像を作ってるわけです。

目の前に映像を見せても、
広く広がった空間に見えてしまうわけですね。

で、いま皆さんこの話を頭で聞いてるから、
知識で終わっちゃうんですよね。

できたら、この話をですね。
じっくり心の中で、牛のように
反芻して欲しいんです。
「ほんとに空間は有るのか」。

有ると思い込んでる。
そのエネルギーをぶち壊す必要があるわけです。

「有る」と思い込んでる
固定観念をぶち壊す必要があるわけです。

それには、自分の内面に向かって、
問い掛ける・・・考えるんじゃないですよ・・・

「有るのか」って問いかけを発することによって、
自分の中の固定観念が壊れていくんです。

それでいつも、
「内側に意識を向けてください」って
(私が)話すわけです。

幸いなことに、今フォトンエネルギーが、
どんどん、どんどん、強くなってます。

ほんとに科学者の間では、
このエネルギーについての
議論が起きてるんですね。

地球観測至上…(過去に)
超新星爆発とかあったわけですけども…

今まで地球で観測されてた
宇宙線の一番強いエネルギーに比べて、
一億倍の強さのエネルギーが
地球に届き始めてる。

「一体これはなんなのだ、
これは一体人類にどんな影響を及ぼすのだろうか」。

科学者はさっぱり分からないから
発表もできないわけですね。

もう、このエネルギーが
ここに充満してるんですよ。
一億倍ですからね。

これが、我々の強力な固定観念を
ぶち壊す強力なバズーカ砲になるわけです。
でも、それを使わないと壊れていかないんです。

「空間がある」「物がある」
という固定観念、みんなの共同幻想です。

催眠・・・集団催眠っていうのがありますね。
私たち地球人は、全員「物がある」という
集団催眠にかかってるだけなんですね。

催眠といえば、アメリカのテレビで
こういう催眠術の公開実験したらしいんです。

例えばこうです。
ここ(ホワイトボード)に字書いてありますね。
「無」って書いてありますね。
で、私(術師だとすると)、この前に立ちます。
ここで、前の女性に催眠術かけるんです。

「津留さん(術師)は外に出て行きました」
って催眠術をかけるんです。
みんなが見てる前でですよ。
「津留さん(術師)は居なくなりました」って。
 
で、催眠術かけた後、目を覚まさせる。
そして、「津留さんはどこに行きました?」
と術師が問い掛けると、
(その女性は)「出ていった」って答えるんですね。

次に、「ここになんて書いてあります?」って聞くと、
(その女性は、前の術師の背後の見えない筈の)
文字読んじゃうんですよ。

分かります? 彼女は私(術師)が居ないと思ってる。
すると、私は消えてしまうわけです。

そうすると、私の肉体を透過して、
この字が読めるんです。

(我々は)「物がある」「物質がある」
「肉体がある」という、
いわゆる共同催眠にかかってるだけなんですね。

この催眠が解けて、「あっ、無いんだ!」
って実感してしまったら、どうでしよう…
発想がまるで変わるんです。
まるで変わってしまうんです。発想が。

で、これから、それを
「あっ、分かった。ないんだ!」って
実感する人が一人ずつ増えてきます。

一人、また一人…また一人。
そうすると、どんどんそのスピードが
速くなってくるんですね。

単なる固定観念があるだけですから。
浄化で壊すことができます。

で、これは両方(実感と浄化)が一緒なんです。

浄化されれば実感が分かるようになる。
実感が深まれば深まるほど、
浄化も進んでくるんてず。この相乗効果です。

ぜひ、浄化をしながら、
今日言ったことを何度も反芻してみてください。

幸いなことに、
私たちは物を見なくても、信じる力があります。

例えば、ここにいるみんながそうだと思うんですけども、
「地球は太陽の周りを回っている」、
これ「ウソだ」っていう人、いますかね?

みんな信じてますね。
「地球は太陽の周りを回ってる」って信じてます。

でも、みんなで「初日の出、見に行こうか」
って、見に行きますね。

で、どうですか。
必ず太陽の方が上がってきますよね。
そうですよね。地球が上がっていかないでしょ。
太陽が上がってくるわけです。
誰が見てもそう見える筈ですよね。

そう見えてるけども、頭の中で
「地球の方が動いているんだ」ということを
納得することはできるわけですね。
納得したら何の抵抗も無くなるわけです。

続く…
 
                                                  
いま、科学の世界で、
「光には粒子の側面と波の側面がある」
「電磁波は波である」って言うんですよ。
知ってますよね、みなさんも。

じゃあ、見たことあるんですか?
見たことないでしょう。

科学者もだれも肉眼で見たことないんです。
その波を見た訳ではない。

実験したら、海辺に寄せる波と
同じ性質を現しただけなんです。

で、光や電磁波が波であるというのは、
実験して実験結果を見て、そう思ってるわけです。

ここ大切なことですね。
私たちは、電磁波の波、
そのものを見てるわけじゃなくて、
実験すると、光の解析効果…

小さな電子エネルギーをポン、ポンと出して、
いくつか積み重ねて写真に感光させると、
波がぶつかったときの変化と同じ残像、
跡が残るんです。実験結果の跡が。
結果という跡を見て、類推してるんです。

分かりますか?
誰一人見たわけでもないのに信じているんです。
これ、こんな感覚なんです。

猪狩りに行く人はですね。
必ず道を見つけるんです。
猪の通る道を。猪の通った跡でしょ。道はね。

それからその道を辿っていくと、
糞を見つけるんですね。
糞を見つけたら、糞を触るんです。
すると温度が分かります。
いつ頃通ったのか。一時間前なのか…。

暖かいと分かるわけです。痕跡でしょ。これ。
猪が通った痕跡を見て、
「猪がいるんだろう」って、類推してるんです。

科学の世界の実験というのは、
このような痕跡なんです。

だれも、電磁波見たことないし、
光が波であるという証拠はどこにもないんです。
(でも)痕跡がそうなんですね。

そして、私たちが見てる世界、
この映像世界は、網膜に結んだ像という結果ですね。
そうでしょ? 物を見てるんじゃないんです。
見てると思ってるだけです。

網膜に光が入った結果として
映像がここに残るんです。
見てるのは痕跡なんですよ。

これをよーく考えてください。
私たちが見てるのは、
神が創った世界の中で残った痕跡、
その痕跡を見てるんだ、ということ。

で、誰もこれ(実体)は見たことないんです。
科学者は「電磁波は波である」と公言して、
はばからないんだけど、
科学者は誰一人として波を見たことがないんです。

実験結果という痕跡…
台風が来たら痕跡が残りますよね、
痕跡を見て台風が来たと分かるように、
私たちの見ている世界が、そもそも痕跡なんです。

神を見ることはできないんです。
全部の結果は痕跡なんです。

痕跡を見てるにも拘わらず、
それそのものを見てると錯覚してるんです。
いま、その錯覚に気付いてください。
これが目覚めです。

とにかく今日の話を吟味してください。
いま分からなくても。
今、頭混乱してます? 大丈夫ですか?

混乱してる人は、混乱を感じてください。
いいですか。それが今起きてることなんです。

今、混乱してる事実、
実感が自分の中にあるでしょ。
これは痕跡じゃないんですよ。

今、感じてみてください。今の自分を。
「分かった」と思ってる人もいるかもしれない。
「よく分からんなあ」と
思ってる人もいるかもしれない。

今ここにある感覚、これは事実なんです。
それ、誰が感じてるんでしょうか?

あなたの本質なんです。
見ることもできない、触ることもできない、
本質が今そこで感じているんです。

混乱してる自分をジーッと見つめます。

Sさん、2000年問題、意識が行ったら、
「今、2000年問題に意識が向かってるなあ」
って、ただジーッと感じてください。

感じていると、ここ( 胸)感じようとすると、
自分の内側に光が入っていくんです。

そうすると、「2000年問題起きたら大変だ」
ということを知っている自我が、
解けて消えて無くなります。

それが無くなった人には、
2000年問題起きないんです。私が保証します。

でも、心配してる人は、
必ずその通りになるんです。
これも保証できます。

どうしてか分かりますか?

私も皆さんも神様なんだから。
皆さんが思ってる通りになるんです。
今までそれが外れたことなんて、一度もないんです。
いつも思ってる通りを体験してるんです。

(休憩)

少し吟味できたでしょうか?
「分からない」という結論を出す前に、
「ただただ、感じる」という
習慣をつけてみようと思ってください。

続く…
                                                  
取り敢えず、先に進みますけども、
今、私が一生懸命話してることが浄
化についてなんですね。

どうして浄化の話をするかというと、
今のこの私たちのシナリオ、
集合意識が書いてあるシナリオが2012年まで…

そういう話すると、
「その先どうなるんですか?」
って質問なさる方が多いんですが…

2012年までの集合意識にあるものは、
「2012年までに、私たちが不必要な考えを捨てて、
『これは有ってもいいな』という想念だけ残す」
というものです。

そうするとその世界が起きてくるわけですね。

「どうなりますか?」っていうのは、
私たち一人ひとりによって決まるんですね。

で、その新しい世界に入っていく人、行かない人。
一応、ドアがあるものと思ってください。

エネルギーのドアがある。
それを通り抜けるがどうか。
そのフィルターに引っかかるかどうか。

私たちは、空気吸うと、
鼻毛がゴミ引っ掛けてくれるでしょ。

こんな感覚で、私たちの魂が、
梯階の…よく次元という言葉使いますね…
何らかの意識的な境があるわけです。
そこを通過するとき、フィルターがあるわけです。

そのフィルターを通過するかどうか。
これは、たった一つの要件で決まるんです。
たった一つの要件です。

それが、「ストレスがあるかないか」なんです。
心の中に、葛藤があるかないか、
矛盾があるかないか、それだけなんです。

例えば、一つの宗教を矛盾なく信じている人は、
ちゃんと通過していくんですね。
だから、基本的に宗教信じても問題ないんです。

魂には年齢ってものがありますから、
幼児期の魂にとっては、
人に言われた通り「はい、はい」と
動くことに何の葛藤もないんです。

幼稚園の園児が、先生に
「はーい」って付いて行くことに
何の葛藤もないように。
ですから、葛藤さえなければいいんです。

それで、(私は)ストレスの話をします。

私、グループセッションとかを全国でやってます。

いつも「じゃあ、この一ヶ月の
ストレスの話をしてください」ってやるもんですから、

「津留さん、どうしてストレスの話ばかりで、
もっと楽しい話しないんですか?」
って仰る方いるんですけども…
楽しい話は他でいくらでも聞けるから…

ストレスに意識を向けてあげること、
そうするとストレスは消えていくんです。
これ、とっても簡単な原理です。

ところが、(ストレス無くならない人は)
ストレスを見ないだけなんですね。

そして、ストレスに意識を向けさえしたら、
このフォトンエネルギーが
そのストレス自身にキューと入っていくんです。

(時々お話ししてる)水カッターの話、知ってますか?
「水カッター」っていうものご存知ですか? 
水で、ダイヤモンド以外何でも切れるんです。

光がここ、この目の前の空間に充満してますね。
ですが、だからといって何の作用もないでしょ?

でも、レーザ光線として光を集めたら、
鉄板でも何でも切ってしまうわけですね。
水もそうなんです。

フォトンエネルギーがここに有ったって、
ただ有っても基本的には何も作用しないわけです。
いろいろ(厳密に言えば)
もちろん作用はしてるんですけども。

私たちがそれを使うことができる。
このことを、今日ハッキリ頭に入れて帰ってください。

私たちは、フォトンエネルギーを
動かす力を持っているんです。
力を持っていない人は一人もいないんです。

自分が意識を向けたところに、それが入って行きます。

後で質疑応答のところでやりたいと思うんですけども、
それが浄化のテクニックです。

浄化の方法というのは、基本的に二つですね。

一つが、さっきやった
新しい観点を得るということ。

「あっ、これは幻なんだ」と
分かってしまうと、
全く観点が変わるわけです。
これでいろんなものが外れます。
バラバラバラ・・・と。

もう一つが、
ストレスを取って上げること。

ストレスを取る方法には、二つ要点がありますね。

まず(一つは)、私たち、
歴史的過去ってものがあります。

過去のストレス、何千年という
歴史のストレスをただ取っていくという作業。

瞑想とか、私がやってる浄化方法も、
これ取っていく方法ですね。

もう一つ大切なことは、
「貯めない」ってことですね。
「新たに作らない」ってことです。

今まで、アネモネ(誌上)で
浄化の方法を強調してきてますが、
貯めない方法については、
あまり話してないんですけども…。

どうやって貯めてるかというと、
これはとても日常的なことです。

私たちの体は、実際はエネルギー体です。

これ(ホワイトボードに書いた)磁石。
N極とS極の間にエネルギーが
流れているのを見たことあると思うんですね。
磁石に(磁)場が発生しますね。

ここに鉄板もって来たら、
鉄板も磁石の働きするでしょ?

私たち一人ひとり、こうやって
エネルギー出してて、それが
こう互いに影響し合ってるわけですね。

で、このエネルギーを止めると、
エネルギーが貯まるでしょ? 
止めたら…。いつも流れてるものだから。
 
例えば、これ(磁束)柔らかいものだと思ってください。
キュッとここ(磁束の一ヶ所を周りから)
絞ったら止まってしまうでしょ? 

そうですよね。水が流れてると思ってください。
ここ(水の通り道)絞ったら、どうなります? 
流れなくなりますね。

この「絞る」というのが否定なんです。
これだけなんです。たったこれだけ、なんです。

否定するとエネルギーの流れが止まる。
止まったら貯まっていくんです。

ここギュッと縛ったら、
ここに貯まっていきますね。

私の体温36度5分。
36度5分のエネルギーが流れてる。
お湯が一晩たったらどうなります? 
エネルギーの温度が下がるわけですね。

これが「不快」なんですね。
これ肉体にあると「コリ」ですね。

精神的には「疲労感」として体験します。
疲労感というのは、このエネルギーを
止めるから疲労になるんです。

だから、イヤイヤ仕事やってる時と、
楽しく仕事やってる時、疲労感全く違いますね。

続く…
                                                  
あるちゃん…
私の赤ちゃんです…を抱っこしてる。

自分が抱っこしたくて抱っこしてる時と、
チャッピーに「ちょっと抱いといて」と言われて…
何かしたいなあと思ってるときに
「ちょっと抱いといて」って…
「こっちしたいのに」という意識が向いていると、
アッという間に疲労感が来ます。

みなさん風呂入るといい気持ちになりますね。
風呂入ったとき、「暖っかい、気持ちいいなあ」
って、その場にただ居るでしょ?

風呂入ってるとき、
中には、上がった後の次のこと、
セカセカ、セカセカ、考える人…
そうやって風呂は入ったら疲れ取れないですね。

「気持ちいいなあ」という風に、
いまこの瞬間、お湯に浸かっている、
その事実に意識を向けない限り…

「ああ、気持ちいいなあ」というのは肯定ですよね。
だから、サーッとエネルギー流れ始めるわけです。
肯定した瞬間にエネルギーが流れ始めます。

どれ程私たちは、普段いろんなことを否定してるか。
 
とくに、一番一般的なパターンで多いのが、
「家族仲良くしないといけない」
という考え方もってる人、
そういう人が仲良くできないとき。

「息子が最近一週間、口聞いてくれない」、
その状態を悪いことだと思ってる人、
沢山居るわけですね。

その状態を悪いことだと、
思っている人だけが、否定してますから、
エネルギーの流れが悪くなるんですね。

でも、息子さんが唖の方で喋れない人なら、
生涯一度も話しなくたってストレス、
基本的には貯まらないですね。

どうしても伝えたいときには
ストレス貯まるかもしれないですけど。

皆さんこういう風に、
普段無意識的に、沢山の否定をしています。

そこで、価値観を外すという話を
(私)ずっとしてきたんですね。

これ(エネルギーの停滞)をとっていく。

これを広義に解釈すると、
思いを取るといいうことです。

「思いを取っていく」ってことなんですね。

平成元年以前、それまで、
集合意識は「思いを遂げる」
という方向が自然の流れでした。

思いを持って思いを実現する、
この方向に流れてたんですね。

今は、(人類が神の世界に)帰り始めてますから、
思いがあったらその思いの方を取っていく。
全体がこういう流れに変わってきてます。
 
でも、(まだ)ほとんどの人が
無意識的に思いを遂げる方向に意識を働かせてる。

さっきの2000問題もそうです。
誰かから「2000年問題、
ほんとに起こるみたいだ」って聞いたら、

その思いを受け取らないでお返しする、
という方向に意識が向かわずに、
受け取ってしまって、
「来ても安全なように準備しよう」とするでしょ?

これが(依然として)自我がやることなんですね。

来てもいいように準備している間中、
来るという観念を強化してくわけですね。

だから、徹底的に思いを取る。
この方向に意識を向けてく必要があるわけです。

ただですね、あれこれやるのは、大変ですよね。
でも、ここで一番ありがたいのは、
思考より感情の方が早いことです。

実際は感情を頭で理由付けしますけども、
感情というのは無意識的作用で起きてきます。
そこで、感情に敏感になる。
そちらに意識を向けていくんですね。

そして、感情がブレたら、
ただそのことに意識を合わせて、
そこから逃げようとか、
対処しようとかじゃなくて…
「2000年問題が来た、
電気止まったら大変だ」という思いが来ますよね。

「電気止まったら大変だ」という、
ここに来てる感情、自分をジーッと見て、
大変だという思いを感じてあげる。

感じようとすればするほど
意識がここ(ハート)に行きます。

皆さんほとんど、
大変だという思いが来たら、考えるんです。
「じゃあ、どうしよう」って。

この差だけ、なんです。

感情が来たときに、
ここ(頭)に意識をもっていくか、
ここ(ハート)で感じ尽くすか。
これだけ(の差)なんです。

ここがポイント。分かれ目なんです。

そこで、
考える自分から感じるに自分に変えるために、
ぜひ見張り番を立ててください。

「考える自分から感じる自分へ」。

ぜひこういう標語を作って、
家中に貼っといて戴きたいと思います。

標語です。
これがどういうことか、
ピンとこない人沢山居ると思うんですけども、
そんなこと、とやかく考えずに…

よく言うことですけど、
これを朝晩50回ずつ言い切るんですね。
アファメーションとして。

「考える自分から感じる自分へ」。

いつもいつも、いつもいつも、
言いつづけていると、これが習慣になります。

そうすると、お洗濯をしてるときに、
流行歌の鼻歌がフッと、
ご機嫌よく浮かんでくるように、

考え出した瞬間に
これがポンと自動的に出てきます。

私たちは、潜在意識という
自動操縦ロボットを持ってますから、
その仕組みを利用するんです。

頭で考えてやろうとしても、
無意識の方が早いんですね。
だから、追いつきません。

今、自分の思いを外す
という話をしたんですが、面白いですね。

まず、もう一人自我を
作って欲しいんですね。自分の中で。

「あっ考えてる。ピッピッ!」とやる人。
審判員ですね。警告与える人、
もう一人作るんです。新たに。

そしたら、「考え始めた・・・」
「あっ、やめた」と思うんです。
 
このときに注意して下さいね。
否定しないように。
「あー、また考えちゃった」って咎める。
 
そこで、もう一人見張りが必要なんですよ。

これが一番最上階。審判員にランクがある。
一番上の大審判に置くのが、「
私はもう否定しない」という審判員です。

「何だって、もう一切否定しない」という審判員。

これを最上階に。
否定しなければエネルギーが流れる。

エネルギーが流れたら
ストレスはなくなります。
ストレスがなくなったら、
自然に次世代に渡っていきます。

これだけ、今日覚えて帰ってくださいね。

皆さん今、沢山自我お持ちですね。

今までの価値観。
「家族仲良く」「会社の利益を上げる」
「みんなに迷惑かけない行き方をする」、
いろんな考え方があると思うんです。

そのどれよりも上にもって来てください。
「私はもう否定しない」ということ。

だからこれを最初にやってください。
「私はもう絶対否定しない」
「私はもう何も否定しない」。

で、否定してる自分に
すぐ気付くようにしてください。

続く…
                                                
それでは質問を受けたいと思います。
どうぞ、(質問のある方)手を上げてください。

―Oと申します。
創世会レポートを読ませて戴いて…
「いいも悪いもない」っていうことから…

さっきもお話ししたように、
昨日主人の友達の家が全焼しまして、
その家だけなら良かったんですけれども、
両隣も(合わせて)3件、火災に遭いまして、

今日その友達に電話しましたところ、
「もう生きる力もない」っていう感じで、
慰める言葉もなくて…
「慰めよう」とは思ってないんですけど…、

これも「いいも悪いもなくて、
その人が選んだ人生だから」って、
私は思おうとするんですけれど、
それを相手に押し付ける訳にもいかず…

「あんたが決めた人生やから、こうなったんや」
という訳にもいかず、なんかこう、
暖かい言葉をどう掛けたら
元気が出るのかなあ…と思いまして…。

はい。とても面白い質問、ありがとうございます。

Oさんは、その出来事によって、
沢山の自我を発見できます。
よろしいですか。その出来事によってです。

ところが、今の質問の趣旨は、
みなさん聞いてて分かったと思うんですけれども、
「暖かい言葉でも掛けてあげられたらいいんだけど、
どうしてあげたらいいでしょうか?」という質問ですね。

それを気の毒と見る自分がいるわけですね。
それを悪いことが起きてると
判断してる自分がいるわけでしょ?

その証拠が最初に言った
「自分の家だけならいいんだ、
隣まで類焼してしまった」(という言葉があります)。

「類焼してまった」
―それは「隣まで類焼してしまうのは良くない」
という信念がありますよね。
それは、Oさんの信念でしょ?

そのOさんの信念から「お気の毒だ」
という気持ちが湧き上がって来るんです。

お気の毒だ、と言ってるのは、
自分の中にある一部分のミニ自我さんなんです。

自分の家だけならともかく、
近所まで類焼させてしまった。

「人に迷惑かけちゃいかん」と思っている
ミニ自我さんがOさんの中にいるわけです。

そうすると、そこに否定が生まれるわけです。
そうでしょ。「悪いことが起きてる」と。

すなわち、自分の価値観、物差しを使って、
その人に起きた現象、周りまで類焼させてしまった、
「悪いことが起きた」という
ジャッジをすでに下してますよね。

もう否定が終わってますよね。
そこから考えてることですよね。感じてないでしょ。

さあ、「考える自分から、感じる自分になりましょう」。

その話を聞いた瞬間、思い出してみてください。
その話を聞いた瞬間、そのとき
ここ(ハート)は暖かかったですか、
冷たくなりましたか?

―冷たくなりました。

冷たくなったでしょ。
もうそこで充分でしょ。
感じてあげるんです。
「わぁ、お気の毒に」って思いませんでした?

―思いました。

そうですね。「お気の毒に」って思ってる自分が、
もうここにやって来てるわけです。

いつも居るんだけども、
その人は見えない世界に居て、
どこに居るかわからないんですね。

自分の内的空間のどっかに居るんです。
ある周波数として。

だから、引っ張れない、アクセスできないんです。
その出来事を聞いた瞬間に、
自分の出す想念波動で
ピシャッと引き寄せることができるんです。

「お気の毒に」
―その自我と周波数が合うわけです。
ここ(ハート)に来ているわけですね。

「あっ、自分は今落ち込んでる人を
どうやって励ませばいいんだろうか」
と考えている自分が今ここに居るんです。

それに気付いたら、それは大発見ですよ。
「あっ、自分の中にこういう自分が居るんだ」。

そして、ちょっと意地悪い角度で見るとですね、
本当はですね、そういう話、聞きたくないでしょ? 
「そんなこと起きなきゃいいのに」と思ってる。

いつもいつも、災いを否定する自分が居るわけです。
それが出てきて暴れるんです。

で、その人が暴れてるときに、
自我さん、やさしい自分は、
「どうやって思いやりの言葉を
掛けてあげたらいいだろうか」と思ってるんです。
その思いが上がる基があるんです。

神は無なんです。思い出してください。
すべてが入ったら消えてしまうんです。

「あっ、こういう話を聞きたくない自分がいるな」

―これをジーッと、
意識をここ(ハート)に合わせて感じてあげるんです。

最低5分くらいはやってください。
ジーッと感じるんです。

すると、今はフォトンエネルギーが強くなってますから、
何も考えないでジーッと意識を向けてると、
その心配ちゃんがキューッと消えていくんです。
ビックリする位に。

で、その一件に関しても
いろんな自我ちゃんが居ます。
「なんて声かけてあげたらいいんだろう」
というのは、今度は「気の毒だ」
と思ってる自分がいるわけです。

「どうやって声を掛けてあげればいいんだろう」
という人がいるでしょ。

ここ(ハート)に来てるんだから。
その子を見てあげるんです。

「一体、どうやって声を掛けてあげればいいんだろうか」
…これ感情ですよね。その自分を
ジックリ感じてください。考えないで。
 
そうすると、近所に不幸が起きたとき、
その人に「同情心」という体験ができますね。

そういう話を聞く人と聞かない人がいるでしょ? 
Oさん、それを聞いたということは、
そいう体験をしてみたかった、っていうことなんですね。

自分が人生のシナリオを書くんです。
「人に迷惑かけちゃいかん」
という教育を受けて、

…「自分の家だけならいいけど、
増して類焼までさせて大変なことだ」
という教育を受けて…

その教育を受け入れた人が
実際に友達で、そういう体験をしてしまう。

そのときに「なんてお気の毒なんだろう」。
それがどんな気持ちなのか、
体で味わいたかったんです。

だから、全身でそれを味わってみてください。
そしたら、こういう体験、
5分味わってあげれば消えていくんです。終わります。

そうすると、「お気の毒に」
という自我ちゃん居なくなるでしょ。

すると、静かになって声かけてないのに、
突然また電話かかってきて、
「でもね、お陰でこんないいことあってね、
今、元気にしてるよ。心配かけてごめんね」
という(新しい)現象を引っ張ってくるようになる。

―今日の夜、お見舞いに行くんです。

そこでですね。
そこに行って「何を話そうか」
と考えるのをやめて、
今言ったことを後で一人でやってください。

そして、また「どう言ってあげようか」
って考えがまた出てきたら、
また、その「どう言ってあげたらいいだろうか」
という自分を感じてあげてください。

―はい。

「どう伝えよう」というのは、
行動ですよね。その行動をどうしようか、
と考えてる自分を感じて、
感じて、感じてあげれば、どんどん居なくなります。

―はい。

で、そこに行くでしょ。
そしたら、考えなくたって…
いま、「はい」って言いましたね。
今日、ここに来るまでに、
「はい」って言おうと決めてないのに、
「はい」って言ってますよね。
それから、さっき私に質問しようって決めたでしょ?

―はい。

そう決めただけであって、
どう言おうか(あらかじめ)考えてなくても、
言葉が出てきたでしょ。質問の言葉が。

―はい。

その場に行ったら自然に言葉が出てきます。誰でも。
今までそうだった筈です。

計画なんかしなくたって、友達と合うとき、
「今日友達とどんな話しようか」
と考えることもあるけども、

考えたからといって
その通り話しできることないでしょ?
考えたことの1/10でしょ。伝えられること。

勝手に口から(言葉が)出てるわけです。
私こんなこと言うつもりなかったのに、
と思いながら(自分が出してる言葉を)聞いてるでしょ。

要するに、出来事が起きてくるんです。
計画なんかしなくても。

で、こういう体験、
いくつか積み重ねて行きますね。

すると、「あっ、いつも準備して行ったけど、
準備しなくても、なんかうまくいったわ」と。

こういう体験、3度続いたら、
準備しなくなるんです。

そうすると、
「あっ、準備しなくてもうまく行くんだ」
と分かるんです。

そうすると、今度は「準備してみようかな」と。
準備してもいい、準備しなくてもいい、
ニュートラルな感覚になって行くんです。

続く…
                                                  
―なんか、分かるような気がしてきました。

さっきまでは、「そんなこと言ったって」って。
「そんなこと」という否定がまだあって…

(否定する自分が)居たでしょ。
それをキャッチするんです。
私の話に「そんなこと言ったって」
という反発、グワッってくるでしょ?

「あー、居る、居る、居る、居る」。
これが自己発見なんです。

―今は、ちょっと、ないんです。

そうですね。
自分で気付いて、自分で発言したから。
ずーっと聞いていて、
自分に意識が向いてるから、
気付くようになるんです。

―はい。ありがとうございました。

いい、質問ありがとうございました。

司会から)ほかに質問のある方、
いらっしゃいますでしょうか。


―(Yさん発言)
私、体が健康でないと
幸せになれないと思ってるんですよ。
これもまた価値観ですよね。

私、体にどこか痛いところがあっただけでも、
気分がイライラしたり
憂鬱になったりするんですよ。

さっきも、頭が痛くなって
休憩時間に薬飲んで、治まってるんですけど。

痛みというのを否定してて、
痛みを取り去る、そういうことしか
考えられない。そういう肉体的な…

はい、ありがとうございます。
まさに、こう場にピッタリの質問かと思います。

さっき言ったように、
「空間がない」「肉体は幻」ということは、
「痛みも幻」なんですね。

でも、これは頭で処理しようとしないでくださいね。

で、やっぱりね、
強い痛みの場合は、挑戦しないでください。

でも、痛みっていうのは、
いろいろ程度があるでしょ?
強い痛みだったら、薬飲めばいいんです。

でも、ちょっと痛い、
というときもあるでしょ。
そのときを狙ってやってください。

いいですか。
「よし、絶対逃げないぞ。
この痛みと(一緒に)ここに居るんだ」…。

このとき、呼吸に意識を合わせてください。
まず、一生懸命、呼吸してる自分を作ります。
自分の中に二人の自分を作るんです。

自分の中に「痛い、痛い」と
言ってる自分が居るわけだから、
もう一人の呼吸してる自分、
「痛い痛い」と言ってても、
いつも呼吸してる自分が居るでしょ? 
自分の中に。そうでしょ。

呼吸忘れた人います? 
心臓も動かすのを忘れた人いないでしょ?
必ずもう一人居るんですよ。
自分の中に。だから、そっちに
意識を合わせてあげるんです。 まず。

それできますから。激痛でなければね。
「ああ、痛いなあ」・・・
「そうだ、呼吸に意識を合わせよう」って。

で、呼吸をしてる自分を感じます。
そこから、いいですか。
痛み博士になってください。
いまそこで、痛み大学の痛み学科に入学してください。

で、卒論書かなきゃいかんのですよ。
Yさんは、卒論書くために来てるんです。

痛みの分析をしてください。
痛みってどんなものなのか。
どのへんにあるのか。
どの位の大きさなのか。
塊があるのか。
ブヨブヨしたゴムのようなものか。
鉄のように固いのか。
深さはどの位にあるのか。
いろいろ細かーく、
観察していくと分かってきます。
言ってること分かりますか?

そこまで徹底的に
見てると、消えちゃうんです。

消そうと思ってやらないでくださいよ。

最初にやること。
最初にやることは・・・・。

今のYさんだったら、
「あっ、きた」「これ何とかしよう」
「そう言えば津留さん言ったから、
あのテクニック使ってなんとかしよう」、
そうなるかもしれません。

そうすると、その人が働き始めるんです。
それは自我ですから、
その人が働いてもうまく行かないんです。

分かりますか。
自我のすることはうまく行かないんです。

皆さん、これも絶対覚えて帰ってください。
自我には何もすることができない。
「することできる」と思ってるでしょ? 

それが真っ赤な誤解なんです。
自我がやってることはこんなもんです。

皆さん息を止めようと思ってください。
止められますね。
1分、せいぜい2分。

で、しばらく止めてるとどうなります?
「はー、んはー、んはー」って、
また取り戻しちゃうわけです。
元に戻るわけです。自然な状態に戻るんです。

この世界には、一人の集合意識が居ます。
全部そのシナリオの基に動いてます。
それを変えることはできません。

で、歪めることはできるんです。
でも歪めたものは戻されるんです。

だからまず、「痛みをなんとかしよう」
という自分が出てくるでしょう?
その自分をつかんでください。

「あっ、来た」「『イヤだ、イヤだ』
と言ってる自分がここに居る・・・」
って。居るでしょ? 

今質問した人がその人ですよね。
「私、肉体の痛みいやなんです」
って発言したでしょ?

その人は今自我の中に入ってたんです。
Mさんはその世界から発言したんです。

そこで呼吸に意識を戻してください。
そこでその自我から出るんです。

自我の中から浄化しようとしたって
うまく行かないんです。

だから呼吸に意識を合わせる。
すると出ます。

私という存在があります。核があります。
心臓動かしてる私という核です。

私という領域の中に、
いろんなミニ自我が居るわけです。

で、この袋が想念なんです。
「痛いのイヤだわ」という想念があるんです。

それ、いつ育ったかっていうと、
Yさんが子供の頃、
お母さんが心配してくれるんです。

「痛い」っていうと、
「イタイのイタイの、飛んでけー」
とか、何とかしてくれるでしょ?

そういうのを見て、
「『痛い』っていけないのかな」って思う。

また、兄弟が居て、弟叩いたりすると、
「そんなこといけません!」って。

「あ、『痛み』って悪いことなのかな」
って思うようになるんです。

そうして、「痛みは良くない」
ってミニ自我ができるわけですね。

そうして自己意識がこの(袋)中に入ると、
意識に大きさありませんから、
これを無限の大きさとして感じるんです。

そして、この「痛みイヤだ」という
自我の中に入って、そこから世界を見てるんです。

だから、まずこの自我袋から出ることです。

出る場所、どこに出ればいいか。

一つだけハッキリしてる場所があるんですね。
それが呼吸。呼吸してる自分が居るわけです。
これはすぐ分かるでしょ?

席があったらね、このイスに座ってと言える。
この呼吸の位置から見ればいいんだけど
非物理世界だからイスがないんです。
 
ここで、呼吸してる自分という座席に座るんです。
これ、自分の魂の玉座だと思ってください。
魂のお宮だと思ってください。

「痛いのいやだなあ」ってなったら、
まず、「そうだそうだ…」って
呼吸に意識を合わせる。

魂のお宮に座る。
座ると、この自我の袋を
眺めることができるわけです。

外に出るから、
眺めることができるわけです。

今までうまく行かなかったのは、
この袋の中で処理しようとしてたからです。

この中で処理すると、
逆に痛みにエネルギーを注いでしまいます。
「痛いのイヤだ、イヤだ」って。
痛みを育てて痛みが顕在化、
外に広がっていくんです。

袋の外に出て、
このエネルギーを見てあげると、
この袋が破壊されて
中のエネルギーが
流れ出て無くなっていくわけです。

―それは、痛み自体が
無くなるんじゃなくて、
痛いけど、それがイヤではなくなる…?

はい。(回答するの前に)
今質問したのは誰でしょう?

分かるでしょう。
今質問した人は痛みを嫌ってる人だ、
って分かるでしょう?

―はい。

ね。感じてください。
その人、今、その人を。
今質問した人を感じるんです。

その人、痛み嫌がってる。
それをジーッと感じるんです。
ジーッと見てください。

「痛みイヤだ」って人がそこに居る。
それをジーッと見て。
それを5分位やると、
その人が消えていくんです。

そうすると、その質問する人、
質問する主体が居なくなるから、
質問が出なくなります。

これは、やれば分かります。
やってない皆さん、
まだ頭で考えようとするから…
それは意味が無いんで、
議論になりませんから…。


では、もし、頭で
処理するとどうなるかっていうと…。

痛みっていうのは、
必要があって来るんです。分かりますか。

そして、否定するとエネルギーが流れなくなる、
「エネルギーを溜める」って言いましたね。
溜めたものは出した方がいいでしょ?
溜まっているとそこに痛みを感じるんです。

だから、「ここに邪気が溜まってる」って分かる。
邪気って、ちょっと言葉悪いですから、冷えたエネルギー。

エネルギーというのは、一種類ですから、
「いいエネルギー」「悪いエネルギー」
って(区別は)無いんです。

さめたら、温度が冷えて居心地が悪くなる。
それを痛みとして感じてるんです。

ですから、ここに痛みが来るから、
そこに意識を送れるでしょ。

(痛みは)「ここに光を送って頂戴」
という的なんです。

標的を教えてくれてるわけです。
「はい、ここだよ」って標的教えてくれてる。

私、昔社長時代、よく体が凝って
よくハリ治療に行きました。よく行きました。

で、「痛いとこどこですか?」(って聞かれて)
「ここ」ってハリ打ってもらう。
すると、「スーッ」と引いていくんですね。

ここが痛かったのに、引いて行くと、
次に別のところが痛くなるんです。

自我は、次が痛くなったと思うんです。
が、そうじゃないんです。

エネルギーポイント、例えば、8ポイントの
痛みがあるすると、脳に信号がくるわけです。
「ここに光を送って」って。

当時、自分で光を送れるなんて知らなかったから、
ハリ打って貰ったんです。

ハリ打ってると、8ポイントあった場所の
エネルギーが引くわけです。

すると、今度は7ポイントの痛みの
ところが痛く感じるんです。

で、そこにハリ打って貰うと、
痛みが無くなるんです。

このハリ打つ作業と同じなんです。
痛いところに意識向けることが。

で、ハリ治療行くときは
ハリ打ったら治ると思っていくから、
ちゃんと効きます。

私がいつも言うのは、痛いところに
意識を向けてあげる。

フォトンエネルギーが
来てるんだということを思い出して。
必ず消えていきますから。

いま、どこか痛いところありますか?

―あの…

もう、薬のんじゃった?

―ええ。逃げた…

否定してない? 薬飲んだこと。

―…

ちょっと否定してる。
その否定を止めることです。
薬飲んだっていいですよ。

痛いところあったら、
「あっ、的が出てきた。よかった」
というようにしてください。

ところがですね…
網棚の荷物の話、私よくするんですけども…

みなさん、今、ご機嫌よく電車に
乗ってると思ってください。

そしたら、突然、頭に何かが当たりました。
見ると、荷物なんです。

それが自分の荷物だった場合と、
他人の荷物だった場合とで、
どうでしょうか。

みなさん、痛みが違いますね。

この痛みの違い、物理学で説明したら、
同じじゃないといけないですね。
衝突のエネルギーだから。

ところが、全然ちがうんですよ。

これ(他人の荷物が当たった場合の方が
痛みが大きいこと)は心で作り出した痛みでしょ? 

それは、「あの人のせいで」
という否定があるわけです。

自分の荷物だったら肯定するほかなんですよね。
肯定すると、痛いのは痛い。
ただ、それで終わるんです。ただ痛いだけ。

否定があると、その痛みを広げてしまうんですね。

子供たちは、転ぶのを恐れなくて、
果敢に遊びまくって転ぶでしょ。よく。

それは、痛みを否定してないから、
痛みが怖くないんです。

それで、価値観が何もないから、
「痛~い!」って痛みを全部表現するでしょ。
「痛~い」って表現して感じ尽くす。
で、痛みが抜けますね。
それで、無に戻るんです。

ところが、私たちは、
「痛がっちゃ恥ずかしい」と思って、
痛いのに我慢するわけです。

すると、どうなります? 
エネルギーが溜まっていくわけです。

これがエネルギーの貯蔵。
これを皆さんやってるんです。

「あっ、こんなこと言ったら笑われる」
って言いたいこと我慢するでしょ? 
エネルギーが溜まるんです。

エネルギーが溜まると、
それを痛みとして教えてくれるわけです。
疲労感として教えてくれるんです。

否定しない人間になることです。
よろしいですか。

―はい、結構です。ありがとうございました。

続く…
                                                  
(次の人が質問―Hと申します。

不安は、ミニ自我だと思うんですけども、
(不安になっている状態は)
考える自分になるんですか、
感じる自分になるんですか? 

「不安」… 不安というのは、
ある種のエネルギーが来たときに、
このエネルギーを「不安」と呼ぼうって、
誰か決めたんですよ。

だから、エネルギーの質なんですね。

不安というのは、
実際自我の中で
作り出されているものです。
自我の中で作り出されます。

実在してませんから、
さっき袋の中にエネルギーがあるといいましたが、
そこに不安というものは存在してないんです。

だから、不安というエネルギーは
基本的に何かっていうと、
いま「溜めた」って言ったでしょ。

我慢してエネルギーを溜めて、温度が冷めた。
エネルギーを溜めてるんです。みなさん。

溜めたものがあって…それを
エネルギーブロックって呼んでるんですけども…

それと類似の出来事を
見たり聞いたりしたとき、

それから、「将来、俺、健康大丈夫かな」って
未来に意識を向けたときに、

過去溜まってたエネルギーが
ここ(ハート)に来るんです。

実際は、ここにエネルギーが来てる作用なんです。

だから、「不安は何か」なんて考えないで、
不安感が来たら、
ここ(ハート)にエネルギーが来てますから、

「あー、来てる、来てる、来てる…」
「俺は今ここに不安がある」とう事実に着目して、
その一点、いまこの瞬間に居ることです。
感じてあげるんです。

そうすると、実在じゃないですから、
肯定したから、その不安のエネルギーを肯定したから、

その不安のエネルギーが流れ始めるんです。
で、抜けて5分で無くなるんです。

私は毎日セッションというのをやって、
(クライアントに)一緒にやって貰うんです。

面白いことに、
その人のエネルギーが流れ始めた瞬間に、
さっき言った電磁誘導が起きるんです。

磁石があったら、こういう電磁場が周りにできる。
この磁石の横に鉄の板もって来たら、
どうなるか。これも磁石化するんです。

それと同じように、個人セッションしてるでしょ。
クライアントさん、前に来ますね。
「感じて…」って感じ始めた瞬間に、
その人にエネルギーが流れ始めるんです。
と、私の中にもエネルギー流れ始めるんです。

そこで、「あっ、それでいいです。
いまエネルギーが動いてます」って分かるんで、
抜けてしまうまで、一緒にやるんです。

独りだと止めちゃうもんですから。
なかなか5分も辛抱できないんです。

で、「もっと、もっと…はい、それでいいです」
となって、居なくなるんです。

ここで、2000年問題、
「もし、電気止まったらどうなるんだろう…」。
やりましょうか、みんなでね。
抵抗してる人も居るんですけど。

いいですか。
今の自分のハートに意識を向けてください。
で、ハートの状態を感じてください。

プラスですか、
マイナスですか、
ゼロですか?

暖かいですか、
冷たいですか、
ちょうどいいてすか?

いまのハート。
自分で知ってください。今の状態。いいですね。

呼吸に意識合わせて…。
今のハートを感じて…。
今の状態を記憶したら先に行きます。
2000年問題。

「ほんとに電気全部止まったらどうなるんだろうか…」
「ひょっとして、いま全ての電気(機械)
動かなくなったら、どうなるんだろうか…」、

感じてください。

「飛行機が飛んでて、計器が故障して、
飛行機が墜落したらどうなるんだろう…」

「原子力発電所が
止まってしまったらどうなるんだろう…」

「原子力発電の原子炉の見張りしてる
冷却水の監視装置だけ、故障してしまったら、
一体どうなるんだろうか…」

で、もし今ハートにちょっと
不安がやってくる人が居たら、
そのまま感じてみてください。
何も考えないで、ただ感じてください。

もっともっと、感じてください。
「パニックが起こったらどうしよう…」

OK。
みなさんのエネルギー動き始めました。
頭を止めてください。
ただ、感じてください。

「すべての電気止まったらどうなるんだろうか…」
 …

取り敢えずこの辺でやめます。
いま、不安感が来た人、手挙げてください。
あまり来てないですね。
(先の)話が効いたんでしょうか。

みんなどうでした?…Hさんは? 
不安感はありました?

―いえ、不安感ないです…ありません。

ない場合…ここ(ハート)
全然変化しなかったらやる必要ないです。

みなさんね、いろいろなもの持ってるんです。

例えば、私で言えばですね、
こういう講演するときに、
自我ってのが、まだ出てくるんですよ。
講演の前ですね。よく出てくるんです。

話つまったらどうしようとか。
そういう意識がパッ、パッと出てきます。

最初の内は、そういう意識が出てくると、
不快に感じますよね。

「もし、講演の席で話し詰まっちゃったらどうしよう」
と思うと、緊張してくるんですよね。
そんなの必要ないでしょ。

そうすると、自我はどうするかというと、
予行演習するんです。「今日、こんな話しよう」って。

未来に意識を向けて、
話す内容を考え始めたりするんです。

そうして、面白いのは、
リラックスしてそれやってると、
どんな話すればいいかというのが、
浮かんでくるんですけども、
それをやるとですね、
私の自我はその話を記憶するんです。
「あ、いい話だな」って。

そうすると、ここに立って、
まずその話を自我が始めちゃうんです。自我が。
それはどうでしょう。
私の記憶の中にある話でしょ。

これは、もうエネルギーがないんです。
さっき言ったように、
「神は残像じゃない」んです。

残留物じゃないんです。
神は常に今ここにいる。

私を空っぽにして、
ここ(ハート)から出てくるに任せれば、
実際にここに神が立ち現れてくるわけです。

で、エネルギー交流が起きて、
とても自然に「ああ、いい講演会だったなあ」
って雰囲気が生まれるんです。

ところが、恐れがあると、
先に予行演習しますね。先ほどの方のように、

「今日、行ってどう言ってあげようか」
って予行演習します。

そして、例えば、私が答えだけ聞いて、
もって行っても、そんなもんパワーがないんです。
そんな言葉で相手は安らぎを感じないんです。

出るに任せてたら、
自然に湧き上がってきた同情心が、
そこに神が立ち現れて
相手が癒されるという現象が起きます。

ところが、癒してあげよう。
もし、癒してあげられればいいのに、
と思うと、自我はそうやって
予行演習で働くでしょ。
そして、記憶しますね。「こう言えばいいんだ」って。

そうすると、伝えてることは、
「こう言った方がいい」ってことを言ってるんです。

もう、そこは魂の抜け殻。
実験結果のようなもんなんです。
痕跡だけを伝えてしまうんです。

続く…
                                                   
常に今ここ。

今日の話の中のホワイトノイズの話を
思い出してくださいね。

電波が無くなったら、「ザー」。
あれは、神の音を我々は聞いているんです。
これ、雑音っていうんですけどね(笑い)。
面白いですね。
 

自分たち、自我が作った音楽を
「いい音楽」と言って、

その電波が無くなって立ち現れてきた神の性質に対して
「雑音」って名前付けてるんです。

で、嫌ってますね。気分が悪いでしょ。
聞いてて。神を聞いてるのに。

とても、よく出来てます。
相当エネルギー動いてます。感じて…感じて…。

「あー、そんなの困る」と
言ってる自分を感じてください。

さっきより、よくエネルギーが動いてます。
感じて…感じて…。


この感覚、エネルギーが
動いて浄化されてる状態なんです。

感じてると、恐れが抜けていきます。
…どんどん抜けてます。

途中ですが、この辺にしましょう。

今の作業を続けていけばいいんです。
そうすると、平気になってきます。

で、是非ですね、これだけじゃなくて…。
目の前に100万円と一億円置いてみてください。

で、「お先にどうぞ」って言えるかどうか。
チェックするんです。

これで自分に欲があるかないか、すぐ分かります。
どっちがいいって問題じゃないですよ。

で、「欲なんか要らない」と思ったら、
「イヤだよ。一億の方がいいよ」
と出てくる自我をジーッと見てあげる。

これ、5分で消えるかどうか分からないです。
これに関するミニ自我って沢山いるんですね。

見てると、こういうのは1回じゃ消えないです。
沢山の風船があって、それが
ポンポン、ポンポン、上がってきます。

きれいに無くなくなったら、
ほんとにどちらでも良くなる。

そうなると、どうなるかというと、
とにかく心が騒がなくなる。

いつも心がおとなしいんです。
どちらでもいいんですよね。

だから、2000年問題、電気止まったら、
「それがどしたの?」って。話題にならないんです。

「電気止まったら、止まったなりの
生活すればいい」。それだけのことですね。

Sさん、どうなると思います。電気止まったら?

―…

神戸と同じように、みんなが
協力し合います。そう、思うでしょ?

助け合いが起きます。
「みんなで生きて行こう」って。必ずそうなります。




はい、では、次の方…?

―Kといいます。子供のことなんですけど。
双子で、この4月から幼稚園に行ってるんです。

さっきの価値観の話なんですけども、
やっぱり、(よその)子供たちと仲良くするために、
「優しくしなさい」とか、
「順番はちゃんと待つのよ」とか、
価値観というと、いろいろ集団生活
やるために教えてるんです。

こういうことは「するな」ということでしょうか。

―はい。おもしろい質問ありがとうございます。

(今日の話)よーく思い出してください。
できたらテープ聞いてみるといいです。

「何かをするな」なんて話はしたことはないです。
私の話は、「どちらでもいいですよ」
「いいと悪いはありませんよ」なんです。

「優しくしなさい」って教えてあげて、
子供がそれを受け取るかどうか。
子供の選択の問題なんです。

私たち一人ひとり神様で、Kさんも神様であれば、
その子も全く同等の力を持った神様ですから、

その子が、Kさんから影響を受けて、
現代的価値観を受け入れようと
選択してきた場合には、
その価値観を受け取りますが、

その子が逆に、Kさんの古い価値観を
壊すのを目的として生まれてたら、
その価値観は受け取りません。

みんな完全に対等なんです。完全な対等なんです。

今日言った話の中で、神というのは
「全ての周波数が均一に含まれてる」って言ったでしょ。
均一性、同等なんです。

だから、人に影響なんて与えられません。
影響受ける人は、その人の意思に基ずいて影響うけるんです。

Kさんにとって、「自分は親だ」
という考え方があるわけです。

「親なんだから、責任持って
社会生活になじませないといけない」
という考え方があったら…あったらですよ…

その考え方に基ずいて
2つのことが起きるんです。

どんなことか。

「あー、この子聞き分けの良いいい子だわ」
という喜びを体験する場合と、

「迷惑かけて、秩序乱して、なんて悪い子なんだろう」
という否定を体験する場合の2つです。

「どちらの体験がいい」という問題ではないんです。
「Kさんがどう思うか」なんです。

 自分で、もうこんな価値観子供に
渡すの止めようと思ったら、止めればいいんです。

「子供にどうするか」ではなくて、
「自分がどう感じるか」なんです。

で、どういう時に、Kさんが子供に
そういう説教するかというと、(例えば)すべり台。

公園でみんなお行儀よく並んでいるのに、
誰か割り込んで来たら、割り込んで来た子供に
「ムッ」としますね。「ムッ」とするでしょ?

ここなんですよ。
自分が見たくないものがあるんです。

自分がそれを咎めてしまう。
そこで、自分の子には、
自分が咎めるような子供にはなって欲しくないわけです。

実は、責任感からやってるというのは、
自我の考え方であって、
「言い訳け」なんです。ほんとは。

ほんとは、並びもしないで
傍若無人に割り込むの人を見て、
「イライラ」とする自分が居る。

その自分を放ったらかしたまま、
自分の子に「そうなるな」って
人を変えようとしてるコントロールの姿なんです。

自我のコントロールですから、
当然うまくいかないですよね。

聞き分けのいい子は、
元々そういう選択をしてる子であって…。

割り込むような秩序を乱すことを
嫌う心があればあるほど、
教育が厳しくなるんです。

で逆に教育効果が上がらない
というストレスを体験するんです。

そこで、私たちは
「秩序を乱すことが悪いことである」
って教え込まれてるわけです。

私たちみんな集合意識の中にあるんです。
集合意識は集団でそれを体験したかったんです。

秩序を重んじて、秩序通り
生きようとするとき、どういう体験するのか。

それが、さっき言ったように、
幼児期の魂にとってみれば、
秩序を教えられてその通り
生きるというのは快感に感じるんです。

ところが、青年期の魂になってくると、
その秩序通り生きるというのが、
今度は苦痛に感じ始めるんです。
そして、秩序を壊す側に回るんですね。

でも、さらに行くと、青年期を通り過ぎると、
「あっ、どっちも貴重な体験だ」
ってことが分かってきます。
成熟していくわけです。

だから、どこでも、選択があるだけなんです。

ところが、Kさんの自我さんは、
「いいんですか、悪いんですか?」
って質問するでしょ。

質問してる人は、
答えを欲しがってる自分なんです。
その人は正しいことを選び取ろうとしてます。

それが、今の現代人の最大の核なんです。
これが集団幻想です。
正しいことが外側にあって、
正しいことをして行こう。

神に帰るには、これが邪魔になるんです。

これができるようになるには、
割り込む人を見て、「イライラ」と
する自分を感じてあげてください。

目を閉じたら、そういう割り込んで
来る人の映像が出る筈です。
それをジーッと見るんです。

見てると自我がここ(ハート)に来ます。
「イライラ」を感じます。
見ながら、だたジーッと感じてください。

5分間キチッと見ながら感じ続けたら、
そのエネルギー、抜けて無くなります。

そうすると、「ただ割り込んだだけ」になるんです。

その状態で見てると、面白いことが起きます。
ほかのお母さんが飛んできて
「ダメ!」って言ったりね。

それから、子供たちは、割り込まれても、
平気で「いいよ」って、ちょっと譲って、
秩序が保たれたり。

必ず何らかの今までと違う現象を見るわけです。

自分が、「これはいけないことだ」
と思ってると、そこから2極性を発生します。

で、それが不快だったら、
自分の中にあるものを取ってあげればいい。

「やさしくしなさい」って、
教えたくなる自分が今居ますね。

―…。

居るでしょ。
その自分をまず感じてあげるんです。

で、その自分が居なくなったらどうなるか。
居なくなったら…さっき言ったように、
FMラジオで71.8MHzの放送
なくなったらホワイトノイズが出てくるでしょ。
「ガー」って…

それと同じように、
あなたの自我が居なくなったら、
あなたの体を使って、
神様がでてくるわけです。

で、そのとき、
「ごめんね、順番だから並んでね」
って言うかもしれない。体が(自然に)動いてる。

それは、そうした方がいいから
やってるわけじゃなくて、
自分の価値観なして、宇宙がそうしてるわけですね。
そこには、イライラも何も無いわけです。

「どうすればいいか」という質問があるとしたら…

私がお勧めするのは、
ぜひ、浄化してください、ということです。

自我が何かやりたくなるときには、
必ずストレスを感じてます。

ストレスを感じてる自分を感じて、
(ストレスを)取ってあげる。
そしたら、起きることが変わってきます。

「どうすればいいか」って考える自分から、
「どうすればいいんだろうか」って
ただ感じる自分になってください。

「どうすればいいんだろう」って
思ってる自分が居るでしょ。

「どうすればいいんだろう」と
思ってる自分を感じてあげるんです。

それを感じるために、
「どうすればいいんだろう」という言葉を繰り返すんです。

見たくない映像があったら見てください。
自分の中に欲しくない想念があったら、
その欲しくない想念を自分で繰り返してあげるんです。

そうすると、「どうすればいいんだろう」
って混乱してる自分がここに上がってきます。

それを感じてあげると、
混乱してる自分が消えていきます。

―…。

Kさん、まだ頭で理解しようとしてますから
…やってみて下さいね。 よろしいですか。

―はい、ありがとうございました。

ありがとうございます。

続く…                                                   
(司会)引き続き、質問のある方、
いらっしゃいますでしょうか?

―Wといいます。
5分間感じる、というのは、
呼吸することと思っていいんですか。
よく分からなかったんで…。

いや、感じるときは
感じることに徹してください。
呼吸に意識向けると分散されます。

まず、感じ始める前に、感
情的になってるときは、
この(ミニ)自我の中に
意識が入り込んじゃってる、
埋没しちゃってるんです。

その時点では自分は見ることできないですね。
自我は自我自身を見ることできないわけです。

自分の目で自分を見ることできないでしょ。
できます? 自分の目で自分を見ること。
自分自身は見ることできないんです。

自分の中に、「自我」っていうのが
居るんですよ、実際。
場所がないから、捕らえにくいわけです。

自我を見る位置っていうのがあるわけです。
それが、本当の自分の核ですけども、
この核も、どこにあるか分からないですね。

だから、まず最初、
「呼吸に意識を合わせてください」と言ったんです。

今呼吸を感じてください。
そしたら、いま自分が息を吸ってるか、
吐いてるか、分かるでしょ。

それを気付いてる位置は、
もう自我の中じゃないんです。
呼吸に意識が合ってますから。

呼吸はここ(核)がしてますからね。
呼吸、自我でしてないでしょ?
自分でしてる覚え、ないでしょ。
呼吸は誰かが勝手にやってるんでしょ。

その誰かに意識を合わせるんです。


私たちが自分で認識する自分というのは…
自我しか認識できないんです。

だから、呼吸に意識を合わせると、
ここ(核)に行くから、
ここの位置に動いたら、自我を見ることができる。

見るというのは、
意識を向けてるということなんです。

意識を向けてるところに
フォトンエネルギーの
レーザ光線が入ってくんです。
で、溶けていきます。

肉体で言えば、その感覚はここ(胸)なんですよね。
ハートのチャクラです。

そこで、「感じてください」って言うんですよ。
感じようとしたら、意識はここに行きます。

試しにですね、ちょっと机、触ってみてください。
温かいですか、冷たいてすか、ちょうどいいですか?

―ちょどいいくらいです。

いいですか。いま、ただ(手を)置いた段階では、
温度のこと気にしなかったでしょ。

まず頭に意識がありました。 私が、
「温かいですか、冷たいてすか、ちょうどいいですか?」
って質問した瞬間に、Wさんの意識は
手のひらに動いたことに気付きました?
やってみてください。

―温度を感じようとしたら、
手のひらにパッと、意識が移動します。

で、また会話に戻ろうと思ったら
(意識が頭に)戻ってくるんです。

意識はいつもどこにあるか、
ということを知ってください。

ここ(頭)にある、それが考えてる自分です。
ここ(ハート)にあるときが、感じてる自分です。
この意識の位置によって体験がまるで変わるんです。

ここ(ハート)にいつも意識があったら、
恐れはやってこないんです。

ここ(ハート)にしっかり意識があって
動かない人は、無意識的に
恐れを感じることはなくなります。
 
自分で味わおうと思ったら、
すぐ(体験)できますが。選択的になるんです。

私もこの間やってみた。
最近、怒ってないけど怒れるのかなあ、と思って、
「畜生このやろう」という想念に意識向けてると、
ちゃーんと感情くるんです。
感情が出せなくなる訳ではないんです。

でも、無意識的にそれが来ることはないんです。
私が怒りに意識を向けたときに、怒りがくる。

ところが、皆さん、無意識的に
イライラしてるでしょ。それが人間なんですね。

「その必要はないんじゃないですか?」
(と私は言いたいんですね)。

イライラが来るのは無意識的に来てるでしょ。
呼んだ覚えないのに来てるでしょ。
そうでしょ? 「イライラ」が…。

何か見たり、何か聞いたりしたら、
「イライライラ」…。

映画館で切符買うのに並んでて、
割り込むのを見るとどうでしょうか? 動かない人います?

大体「イライラ」とするじゃないですか。
それに気付いているかどうか、ですね。

そこで、「まず呼吸に意識を合わせてください」というのは、
「イライラの世界から出る」ということです。

そして、その位置から、
ここ(イライラしてる自我)に意識を向けるんです。

で、感じてあげる。
頭で考えないで、ただやればいいですから。

どうしても感覚分かんなかったら、
一度セッションに来てください。
一緒にやればすぐ分かります。

それで、エネルギーが動いてる、動いてない、
ってのを体感できますから。
「あっ、これが浄化できてる状態か」って。

それが分かったら
自我もやる気が起きるんですけど、

考えてばっかりの人は、
「感じてください」って言われても、
「どうやったら感じられるんだろう」って考えるんです。

ここ(頭)から意識が動かないんです。
 
本読んで、「感じてください」とある。
「どうやって感じるんだろうか」って考える。

すると、全然感じられないんです。
感じる、ってのはどういうことか。
 
もう一度机触ってください。
温度感じてください。

意識がパッと動く。
この微妙な感覚だけど、
意識はいつも動いてるんです。

大我と小我、ハイヤーセルフと自我という
二極構造があると思ってください。
この構造は我々認識できます。

そこで、呼吸に意識を合わせて
(大我の席に座って)、
お腹の中の自我に語りかけると、
自我と会話できるわけです。
 
で、この小我は、この沢山いるミニ自我が、
ここ(ハート)にタイムスライスして
パッパッパっと入れ代わってるんです。

そのどれかがここに来てる。
ここ(ハート)はいつも入れ代わってる。
これ(小我)は動きます。

これ(大我)が呼吸の位置なんです。
ここに居ればあらゆる自我を眺めることができるんです。

このモデルを頭の中に記憶してください。
概念として。この概念が分かると
自我を捕まえやすくなるんです。

で、このミニ自我というのは、
想念の数だけあるんです。
想念しかないんです。ここは。

「これこれは、いけない」っていう否定があると、
その否定の袋にマイナスの
エネルギーが蓄積されていくわけです。

この世界は2極の世界だから、
ある価値観持ってると、
そうであるときと、そうでないとき、
2つが生まれますね。

お金もうけようと思ったら、
儲かるときと、損するときとがある。

これ100億(円)持ってる人も同じです。
儲かるときと損するときがある。
どこまで言っても2極があるわけですね。

で、「お金儲けたい」って思いがあったら、
「損した」という体験があるから、
その度にエネルギーが溜まって、
「儲けたい」という想念に、
邪気がくっついていくわけです。

これがエネルギーブロックなんです。
こうしてミニ自我が成長していくんです。
 
で、これ(ミニ自我を構成する否定の袋)
を取ってしまうことができるんです。

私たちは、今すでに言葉が汚されてるんです。

例えば、「失敗したらどうしよう」って、
何かあると、思ってるじゃないですか。

ふっと心が、かげりませんか。どうですか?

―…。

続く…
                                                  
かげるでしょ。パッと動くでしょ。感情が。
 
「失敗したらどうしよう」っていう言葉に、
邪気というエネルギーがへばり付いてるんです。
この風船が膨らんでる状態になってるんです。

だったら、Wさん、
そのまま「失敗したらどうしよう」って思いに、
ジーッと意識を向けて繰り返すんです。
 
「失敗したらどうしよう…
失敗したらどうしよう…失敗したらどうしよう…」。

で、ここ(ハート)感じてると、
「失敗したらどうしよう」という
この邪気が抜けて無くなってくるんです。

そうすると、(例えば)奥さんから、
「失敗したらどうするの?」って聞かれても、
「ああ、なんとかなるよ」。
「まあ、あなた鈍感な人ね」と…
鈍感な人になっていくわけです。

私、個人セッションで毎日これをやってます。
どんどん人が変わっていきます。

あれほど失敗恐れてた人が、
(失敗への恐れを)抜き取ったら、
「ああ、もう、どうでもいいです」って変わっちゃうんです。

「倒産したらどうしよう」って言ってた人が、
「まぁ、何とかなるわ」って変わっていくんです。
 ガン、怖がってた人が、
「ガンになったら、死にゃいいじゃないか」って、
平気になっちゃうんです。

「それより、(いま)楽しいことしよう」って。

すべて、外側にある現象で、
皆さんストレス感じてると思ってるけども、
そうじゃないんです。

(例えば)「失敗したらどうしよう」
という想念が心の中にあって、
その想念によって、自分が痛むんです。

その想念から邪気をとってしまったら、
その想念が来ても自分を痛めないんです。

Yさんの場合は、「また、痛くなったらどうしよう」
って思っただけで、体緊張してくるでしょ。

それをやってください。今日。
「また、痛くなったらどうしよう」って。

そしたら、ジーッと見て感じてあげる。
5分集中してください。

ある程度抜けたら、
「あっ、痛くなったら、そのとき考えればいいか」って、
そのことに意識が向かわなくなるんです。

そこに意識が向かわないから、
痛みに意識が向かわないから、
その空間が広がらないんですね。

「痛くなったらどうしよう」と思ったら、
そのことばっかり…

「ガンになったらどうしよう」って思ったら、
そのことばっかり…

「ガンが悪化したら、どうしよう」と思ったら、
そのことばっかり意識を向けて、
(自我を)育てて、
その空間が広がっていくんです。

空間は、私たちが意識を向けることによって創ってる。
パソコン(画面)のウィンドウ、窓をパッと開くように。

意識を向けることによって、
この現象世界にその窓を開くんです。

質問の趣旨から(話が)
ちょっとそれちゃったですけど。
よろしいですか。

―はい、ありがとうございました。

じゃあ、これで終わらせて戴きます。

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津留晃一 講演会
演題  「空間認識」
開催日 平成11年5月15日


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